今日はナンシーのご紹介!
ナンシーのあるロレーヌ地方は、1766年までロレーヌ公国という小さな独立国でした。マリー・アントワネットの実父はこのロレーヌ公国出身ですし、また義曾祖父にあたるスタニスラス・レグジンスキは、ロレーヌ公国がフランス王領となる直前の最後の君主でした。なので彼女のウェディングロード上における都市の中でも、ナンシーは最もゆかりのある街ということになりますね!
現在でもフランス主要都市の1つで、ロココ芸術とアール・ヌーヴォーが花開いた街であるせいか、スノッブで優雅な雰囲気のある美しい古都です。
著作『フランス紀行 マリー・アントワネットの足跡を探して』の19ページにてご紹介している通り、ウィーンからフランスへ輿入れにやって来たマリー・アントワネットは、ナンシーに到着すると、街の中心に今も建つサン・ニコラ門で出迎えを受けました。
ヨーロッパの『門』っていうと、パリの凱旋門みたいな、数メートルの厚みのある大きな四角い石にアーチ状の穴が開いたものをイメージしませんか?
写真の通り、このサン・ニコラ門もだいたいそのような感じなのですが、実はその奥にもう一つ別の門があるんですよ!そちらがコチラ⇓
2つの門はほんの数メートルしか離れておらず、アーチを施した壁によって繋がっているんです。
最初、このどちらの門がサン・ニコラ門なのだ?!とわからなかったのですが、調べたところ、アーチ形の横壁も含め、これ全部ひっくるめた建造物を『サン・ニコラ門』と呼ぶそうなんです!!
そもそも、17世紀初頭に建造された時は四角い箱型の建物で、北側の通りに面している壁が1枚目の写真のファサードで、南側の通りに面している壁が2枚目の写真のファサードだったのです。
しかし19世紀に真ん中の部分が壊されて、2つの門というふうに分けられ、更に20世紀に天井も取り払われて、今のような形になったということなんですね!
ナンシーで1番の観光スポットといえば、街の中心にあるスタニスラス広場。上記したロレーヌ公国最後の君主、スタニスラス・レグジンスキが1751~55年にかけて造らせた大変美しい広場です。
マリー・アントワネットがナンシーで滞在した、当時の地方長官の館であり、現在高級ホテルとして使われている『グラン・オテル・ド・ラ・レーヌ』の建物も、この広場に面してあります。
実は私、著作を出版した後に、とんでもない間違いに気づいたんです(>_< ;)
著作の21ページに掲載しているこの高級ホテルの写真、じ、じ、実は、写真の建物はホテルじゃなかったんですっっ!!!
拙著をご購読くださった皆様、本当に申し訳ありません。今更本にある写真の差し替えもできないため、このブログにて訂正させていただきます。
では21ページの写真は何かと言いますと、ホテルのすぐ隣に建つ『ロレーヌ国立歌劇場』の建物だったんです。。。
どうしてこんな間違いをしたかと言いますと、言い訳にはなってしまいますが、このスタニスラス広場に面している建物、みんな同じようなファサードばかりなんですよ(泣)
因みに市役所の建物も横幅は長いですがファサードは同じ。⇓
この統一美こそが広場全体の美しさを引き出す要因の1つなんでしょうが、それ故に勘違いしてしまったのでした。
でも言い訳にしかなりません。よく確認してから本に掲載すべきでした。反省しております。。。
気を取り直して。。
広場の北側奥にあるエレ凱旋門のアーチをくぐり…
左に折れてグランド・リュという通りに入ると、すぐ右手にロレーヌ公宮殿があります。入口周りの装飾がとても美しいです。
現在宮殿はロレーヌ博物館として使用されています。
今日はここまでです!
ナンシーについての後半は、また数日後にアップしますね☆









































