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2011年7月30日土曜日

Hさんのご質問③

ほぼ1ヶ月開いてしまいました><
なかなか更新できなくてごめんなさい!!

今日は、ずっとお答えできずにいた
Hさんからのご質問③について、書こうと思います!
(Hさん、お待たせしてすみません^^;)
 
 
③マリー・アントワネットがル・タンプルに移った後、侍女たちは?
マリー・アントワネットがチュイルリー宮殿にいた頃までは侍女がいたと思うのですが
ル・タンプルに移った後、彼女の侍女たちがどうなったかご存知ありませんか?
ランバール公爵夫人のように、拷問され殺された事実などありませんでしょうか?

こちらがご質問③番でしたね。
まず、私が調べた限りでは
チュイルリー宮殿からル・タンプルへ移された人物は
・ルイ16世
・マリー・アントワネット
・マリー・テレーズ王女
・ルイ・シャルル王子
・マダム・エリザベス(ルイ16世の妹)
・ランバール公爵夫人(マリー・アントワネットの侍女)
・トゥールゼル夫人(王女と王子の教育係)
・ポーリーヌ・ド・トゥールゼル(トゥールゼル夫人の娘)
・ユゥ(またはユエ)(ルイ16世の従者)
・シャミイ(ルイ16世の従者)
の10名のみでした。

よって、チュイルリー宮殿で王妃に仕えていたほとんどの侍女たちは
ル・タンプルまで付き添うことはなかったということになります。

余談ですが、『ル・タンプル』って何?『タンプル塔』じゃないの??
と思われている方のために、ちょっと簡単に解説を入れておきますね^^
一般的には『タンプル塔』と皆、呼んでいますが
タンプル塔は『ル・タンプル』と呼ばれる広大な囲い地の中に建っていた
ドンジョンのことを指すのですね。
国王一家は1792年8月13日にこの地へ送られた際
直ちにこのドンジョンに幽閉されたわけではなく
塔の付属の建物内でしばらく過ごしていました。
また、後にルイ・シャルルが王妃らから隔離された時も
タンプル塔を出てル・タンプルの敷地内の別の場所にいたこともあり
あえて『タンプル塔』と限定して書かずに『ル・タンプル』と表記しています^^

チュイルリー宮殿にいた侍女たち・・・といっても
私も名前を思いつくのは、ティエボー夫人くらいなのですが
彼女たちが国王一家のチュイルリー宮出発によって職を失った後
どうなったかは、残念ながらそこまで書かれている資料など
見つけることができませんでした・・・。
そもそも、国王一家が宮殿を出ることになったのは
1792年8月10日の、蜂起したパリ市民によるチュイルリー宮殿襲撃がきっかけで
この時、宮殿にいた廷臣や召使いたち200名が虐殺されたといわれていますので
非業の死を遂げた、王妃の侍女もいたかもしれませんね。

ジャック・ベルトー画(1793年)
「1792年8月10日チュイルリー宮殿襲撃」(ヴェルサイユ宮殿美術館蔵)















因みにですが
ル・タンプルまで同行したランバール公爵夫人、トゥールゼル夫人とその娘、
王の従者シャミイは
8月19日の夜、パリ市内にあったフォルス牢獄に移送され、投獄されました。
もう一人の王の従者ユゥ(またはユエ)は、9月2日に逮捕されたといわれています。
ただその直前の8月26日
国王一家の所へジャン・バティスト・クレリーという下僕が送られ
ル・タンプルにおける一家の様子は
彼が残した回想録からいろいろとうかがい知ることができます。

ランバール夫人は、ご存知の通り
9月虐殺の際に惨殺されてしまいますが
トゥールゼル母子は、1794年のテルミドール9日のクーデタの折りに
軌跡的な脱出劇を遂げます。
その後、パリから75Kmほど西へ行ったアボンダンという街に移り住み
夫人は82歳でその生涯を終えました。

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2011年7月1日金曜日

G氏とエージェント

皆さん、こんにちは!
前回の『ベルばらのあのシーン、実は史実だった!①』が大変好評だったようで
私もとても嬉しいです^^
そのうち②も掲載しますので、楽しみにしていて下さいね♪

そして、読者登録して下さったYayoiさん、どうもありがとうございます^^
最近、なかなか更新できないでいますが
どうぞこれからも見に来て下さい!!

今日は、「そういえばあれから、G氏やエージェントの件はどうなったの??」
ということで
肝心の出版への動きはどうなってるのか、少しご報告です。

ヴァカンスちょっと前、ようやくG氏から
「エージェントにPR文を送ったよ」
という話があり、しかしそのエージェントから今のところ何の反応も無い・・・
というところまでは、前にお話いたしました。
その後、G氏は再度「どうですか?」という催促のメールをしてくれたそうなんですが
それでも何も返事が来ないとのことで
今度は別のエージェントにいる知り合いに、話をしてくれたそうなんです。
ただ、その方が言うには
マリー・アントワネットに関する書籍は山ほどあるので
今更・・・的な印象があるそうで
とりあえずPR文は読んでみるけど、それはG氏の頼みだから・・・くらいな返事だったそう。(-_-)

そんなんだからか、やはりその後も
そのエージェントの方から、何も連絡をもらえないでいます・・・。

ヴァカンス中にも、日本の出版社・K社に勤めている方にも
話を持って行ってみたのですが
「そうやって、自分の作品を売りたがっている人は多いからねぇ。
基本的に、そういう話は通るとは思わないほうがいい。」
と、キッパリ言われてしまいました(T_T)

以前、原稿を読んで下さるとおっしゃっていた
日本の出版社のH氏も
その後音沙汰が無くなってしまいましたし
結局、今までにコンタクトを取ってみたところは
全て行き詰った状態です・・・。

やはり、なかなかそう簡単にはいかないですねー。。。

ただ、ヴァカンス前に
「出版のためには、このようになさったらいかがですか?」
という、大変貴重なご意見を下さったブログの読者さんがいらして
今、その方のアイデアを参考に
どのように行動を移していけばいいかを、検討しているところです。


なんとなく、この世界は『縁』と『運』が全てのような気が、結局はするんですよね。
なのでこの2つの要素を、なんとか引き寄せるしかないのかなと・・・。

「Kayoさんの作品、是非読んでみたいです!」とこれまでおっしゃって下さった方々のためにも
出来る限りいろいろ努力してみます!!

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