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2025年8月2日土曜日

ヴェルサイユ宮殿に暮らしていた貴族たちの住まいなど・・・

 先日、過去の投稿『ヴェルサイユ宮殿の隠れた部屋』のコメント欄に、次のようなご質問をいただきました。


「匿名2025年7月29日 18:21

ベルサイユは何度か訪れたことがあるのですが、いまだによく分かりません。王族の衣装、クローゼットはどこにあるのか?またベルサイユに住んでいた貴族や召使いの住居の広さや部屋の作りは?各貴族はお互いに長屋みたいな雰囲気の家の作りだったのか?貴族の各家庭の食事は各家庭の専属料理人が共有台所で作ってご主人様に提要していたのか?もしくはベルサイユの料理人が作って全貴族に配給していたのか?貴族のお子様方も一緒に住んでいたのか?遊び場はどうしていたのか?などなど不思議に思うことがたくさんあります。お教えいただけるとありがたいです。」


確かに、ヴェルサイユ宮殿の国王・王妃の居殿などは見学できますが、宮殿に住んでいた貴族や廷臣たちの住まいのことって、あまりわからないですよね!

そこで早速調べてみたので、ご紹介したいと思います!


まず国王のクローゼットについてですが、国王の衣装を保管しておく部屋は、宮殿正面奥、大理石の中庭を取り囲むコの字型の建物(中央棟)の1階『王妃の階段』脇にある大小合わせた4部屋と、中2階の同じく『王妃の階段』脇にある1部屋、2階『執務室(国王のアパルトマン内にある)』の隣にある『浴室』横の階段脇に1部屋(とても小さな部屋です)にありました。

さすが王様の衣装ともなれば、こんなにいくつもの収納部屋があったのですね。


王妃のクローゼットに関しては、実は過去にご紹介しておりますので、コチラ→『マリー・アントワネットのドレスはどこに収納されていた?』をご覧になってみてくださいね♫


そしてヴェルサイユ宮殿の住居についてお話いたします。

まず宮殿には、王家の人間は無論のこと、王家に近い血縁関係の王族、高位貴族、廷臣たちが住んでいました。

住宅のある人は、配偶者と共に宮殿に住むことができましたが、彼らの子供たちと使用人は、ヴェルサイユ市内、またはパリにある家族の私邸に住んだそうです。

宮殿とその別棟の住民に関する最初の公式調査は、ルイ15世時代の1722年に行われました。当時、約7000人の居住者がおり、そのうち4000人弱が宮殿内に住んでいたそうです。

標準的な住居は、『控室』『寝室』『書斎』で構成されていて、これに『衣裳部屋』が加わる住まいもあったとのこと。

最も豪華な居住区は、当然のことながら宮殿正面奥の中央棟の1階と2階で、ここは国王夫妻とその家族、そして最も近い王族の住まいがありました。それ以外の王族メンバーは、北翼棟と南翼棟に分かれて住んでいました。

マリー・アントワネットの夫、ルイ16世が国王に即位して3年が経った1777年当時の居住者状況を見ると、ルイ16世のすぐ下の弟であるプロヴァンス伯爵夫妻や、ルイ15世の3人の娘たち(アデライード、ヴィクトワール、ソフィー)など、王家に近い王族は、確かに国王・王妃の居殿のすぐ下の階などに居住しています。

驚くのは、その中央棟から正門の方へ伸びている建物(南翼棟と繋がる部分)2階に、かのポリニャック夫人と夫の住居があること!しかもかなりの広さを持っていて、お隣に居住するブルボン家の王族メンバーであるパンティエーヴル公爵の住まいより約1.5倍の広さがあります。王妃の居殿とは『戴冠の間(ダヴィット作のナポレオンの戴冠式の絵が飾られている部屋)』を挟んで繋がっており、ポリニャック夫人がマリー・アントワネット王妃からかなり優遇されていたのは勿論知っていますが、ただの一貴族がこんな王族メンバーより王家に近い場所に住まわせてもらえて、しかも広々としたアパルトマンに住めたなんて、改めてびっくりです!


拙著《フランス紀行 マリー・アントワネットの足跡を探して》のP67に掲載しております見取り図を使って説明いたします。上の図の黄色に塗られた部分がポリニャック夫妻の住居です。下の黄緑色の部分がパンティエーヴル公爵の住居になります。そして図の6番『衛兵の間』のすぐ下にある広い部屋が『戴冠の間』にあたります。


最後に食事に関してです。

中央棟『国王の居殿』がある側の棟屋上のペントハウスに国王の厨房があり、キッチン、料理補助のための部屋2室、食事の支度部屋、パントリー、洗濯場などから構成されていました。またその近くには、料理長専用の部屋もあります。

ここでは、国王夫妻の食事の支度がされていました。

宮殿に住んでいた貴族たちの食事は、一部モールパ伯爵など、自分の居住空間に厨房を持っていた貴族もいましたが(モールパ伯爵の住まいは国王の厨房に隣接しています)、原則的には中央棟が火災に見舞われるのを避ける目的で、南翼棟の地下や離れの建物に大厨房が設置され、そこで調理されたものを、使用人たちが各貴族の住居まで運んでいたそうです。なので、料理はほぼほぼ冷めてしまっていたそうですよ。


いかがでしたでしょうか?

ヴェルサイユ宮殿で暮らした貴族たちの部屋も、いつか見学できるようになるといいですね!

2025年3月29日土曜日

インスタライブ『マリー・アントワネットのフェイクニュース』!!

こんにちは!

春らしくなったと思いきや、今日は冬の寒さです><


突然ですが、明日、フランスの宣伝部長こと、まちるださんのインスタライブに、ゲスト出演させていただくことになりました!

テーマは『ヴェルサイユのフェイクニュース』で、私はマリー・アントワンットにまつわるフェイクニュースの類をいくつかご紹介したいと思っています。

是非ご視聴ください!!


♦ インスタライブ日時 ♦

2025年3月30日(日)21:00(日本時間)~ 30分程度

まちるださんのインスタグラム・アカウントはこちら

Kayoのインスタグラム・アカウントはこちら


2025年2月17日月曜日

『ベルサイユのばら 麗しの世界』発売!

 先日、『ベルサイユのばら』の新作劇場アニメが公開されましたね!

その公開記念として、宝島社より『ベルサイユのばら 麗しの世界』という雑誌が、このたび発売されました。

この雑誌、実は『ベルサイユのばら』の作者、池田理代子氏のデビュー50周年、及び『ベルばら』45周年を記念して、2017年3月に発売されたムック本『池田理代子 麗しの世界』の改編・再編集版になります。

2017年の時に、私は、"『ベルばら』ゆかりの地 フランス紀行~登場人物の足跡を訪ねて~"という特集ページへの写真提供と、それぞれの写真のキャプションを書かせていただきました。

今回の再販でも、そのままページをご使用くださったとのことで、宝島社のご担当者様がわざわざ再編集版を送って来てくださいました♪

拙著『フランス紀行 マリー・アントワネットの足跡を探して』の執筆のために取材・研究した情報や撮り溜めた写真が、このように別の本でもご活用いただけて、しかもそれが私のフランス史好きの原点である『ベルサイユのばら』に関する雑誌ということで、本当に光栄に思っています。






















2024年6月9日日曜日

フランス革命記念日 イベント開催!

先日のインスタライブ、ご視聴くださった皆様

どうもありがとうございました😃

トリアノンの『愛の神殿』が、実は『キューピッドの神殿』だった話など、「知らなかった~!」「興味深かった!」とのご感想を、ライブ後に多数いただきました!

私と同じように、あの建造物が何故『愛の神殿(または殿堂)』と呼ばれるのか、素朴な疑問を抱いていた方がやはり結構いらっしゃったみたいですね!

ライブのアーカイブは、私とまちるださんのインスタアカウントにアップしていますので、見逃したー!!という方は、是非ご覧くださいね😊

ライブのアーカイブ


ところで、ライブの最後にも告知いたしましたが、来月7月14日(日)のフランス革命記念日(Quatorze Juillet)に、『マリー・アントワネットと音楽』をテーマにしたイベントを開催いたします♪

☆マリー・アントワネットが作曲したとされる12の歌曲をピアノ譜にしたものを、会場となるピアノサロン・オーナーであるMizuhoさんと私の2人で生演奏♬

☆マリー・アントワネットと音楽との関係についての講話

☆ニナスの紅茶と共に優雅なアフタヌーンティー

日時:2024年7月14日(日)13:00~16:00

場所:ピアノサロン「ブリランテ」(東京都大田区のJR駅より徒歩3分)

参加費:¥10,000


※少人数でのこじんまりとした会ですので、かしこまった雰囲気ではなく、お喋り中心のアットホームな会になります。

※ご参加希望の方は、私かMizuhoさんのインスタアカウントまでDMにてお知らせください!

Mizuhoさんのインスタアカウントはコチラ

Kayoのインスタアカウントはコチラ






2024年6月4日火曜日

インスタライブ『ヴェルサイユ マリー・アントワネットゆかりのお庭』

 フランスの宣伝部長こと、まちるださんとのコラボライブをまたまた開催いたします!

今回のテーマは『ヴェルサイユ  マリー・アントワネットゆかりのお庭』です♪

ヴェルサイユ宮殿にあるマリー・アントワネットが愛した庭園について、お話をさせていただく予定です。


♦ インスタコラボライブ ♦

2024年6月6日(木)日本時間21:00~ 30分の予定です。


是非ご視聴くださいね(*^-^*)


まちるださんのインスタグラム・アカウントはこちら

Kayoのインスタグラム・アカウントはこちら


2024年3月22日金曜日

インスタライブ、ご視聴ありがとうございました♪

3月20日のまちるださんとのインスタコラボライブ、ご視聴くださった皆様、どうもありがとうございました!!

明るく元気なまちるださんとの楽しいライブで、あっという間の30分でしたが、ナンシーの街とマリー・アントワネットとの意外な接点など、知っていただけたかと思います。

アール・ヌーヴォーやロココ芸術だけではない、マリー・アントワネットとも深い関わりのあるナンシーの街を、是非訪れてみてくださいね♫

その際には、まちるださんのYouTube動画

美術館みたいなアール・ヌーボーの街ナンシー🇫🇷昔のセレブの家を見に行く‼️』や、

私が以前投稿したナンシーご紹介のページ

ナンシー Nancy①』及び『ナンシー Nancy②

を参考にしてみてください(^_-)


また、インスタライブの模様は、まちるださんと私のそれぞれのインスタグラムアカウントの投稿ページにて配信されております。

インスタライブ『ナンシーとマリー アントワネット


『フランス紀行 マリー・アントワネットの足跡を探して』の本片手にナンシーを旅されたい方は、こちらからご購入いただけます♪


2024年3月19日火曜日

インスタライブにゲスト出演!

大変ご無沙汰しております!


実は急遽決まったのですが、2024年3月20日(水) 21:00~

フランスの宣伝部長、まちるださんのインスタライブにゲスト出演いたします!


フランス北東部の街ナンシーと、マリー・アントワネットの関係などについて

まちるださんとお話する予定です。

明るく元気でパワフルなまちるださんとのインスタライブ、とっても楽しみです♪

是非ご覧ください!!


まちるださんのインスタグラム・アカウント:matilda_paris.france_

https://www.instagram.com/matilda_paris.france_

2023年10月16日月曜日

マリー・アントワネット没後230年記念『王妃の最期の76日間、そばでお世話をしたロザリーとは?』

今日は、フランス王妃マリー・アントワネットが革命広場で処刑され、亡くなってからちょうど230年になります。

本当はこの日に合わせて、マリー・アントワネットに関する私の2作目となる著書を出版しようと考えていたのですが、残念ながら準備が間に合いませんでした(泣)

再来年の2025年、今度は彼女の生誕270年に合わせて、出版出来ればと思っております。

 

さて、今日は王妃の命日を忍びつつ、彼女が処刑される寸前まで王妃のお世話をしたロザリーについて、ちょっとご紹介をしたいと思います。

ロザリーは、そう、『ベルサイユのばら』でもお馴染みですね!

彼女が実在の人物だったのはご存知でしょうか?

とは言っても、ベルばらのストーリーと歴史的事実が合致しているのは、コンシェルジュリ監獄でマリー・アントワネットのお世話係として働いていたという点だけで、ポリニャック夫人の娘でもなければ、ジャンヌ・ヴァロワとパリの下町で一緒に育った訳でもなく、後に近衛連隊長のお屋敷に住まわせてもらったこともありません。(もちろんその屋敷で、連隊長の軍服とこっそり踊ったこともないでしょう(()

ロザリーは本名を『マリー・ロザリー・ドゥラモルリエール』と言い、フランス北部、昔のピカルディ地域のブルトゥイユ(現在はオワーズ県に属す)という村で生まれました。父親は靴職人として生計を立てていました。

助産師がマリー・ロザリーの出生届を出した際、苗字を『ドゥラモルリエール(Delamorlière)』から『ドゥラモリエール(Delamollière)』と間違った氏で台帳に記入されてしまったそうで、そのまま修正されていないとのことです。

フランス革命の時代、彼女は『マリー・ロザリー』の『マリー』を取り除いて『ロザリー』という名だけにし、苗字も『ドゥラモルリエール』の『ドゥ』を取って、『ロザリー・ラモルリエール』と名乗るようになります。これは、貴夫人を感じさせる『マリー・〇〇〇』という名や、『ドゥラモルリエール』の『ドゥ』が、貴族を表す時の、名と苗字の間に入る『ドゥ(de)』と勘違いされ、貴族と間違われて危険な目に遭わないようにするためだったとか。

国王ルイ16世が死刑を宣告された時、ロザリーは、とある有名な役者の母親であるボーリュー夫人の召使として働いていました。

当時夫人は病を患っており、王党派であった夫人は国王の処刑にひどく心を痛め、それから暫くして夫人も亡くなりました。

ボーリュー夫人の息子はロザリーの人柄を信頼しており、母親のお世話係として職を失った彼女に、コンシェルジュリ監獄の管理人であるリシャール夫人の元で働けるよう、取り計らってくれました。

当初ロザリーは、牢屋の管理人の元で働くのはあまり気が進まなかったようですが、その真面目な働きぶりと、人柄の良さは誰もが評価しており、実際の彼女はどうやらベルばらのロザリーのイメージそのままの人物だったようです。

それから約30年程経って、歴史家のラフォン・ドーソンヌという人物がロザリーを探し出し、実際に会い、マリー・アントワネットの最後の日々をその目で見て来た彼女に、当時の様子を聞き出すことに成功します。その時ロザリーが語った内容は書籍となって出版されており、それを翻訳したものを、私の2作品目の著書の中に盛り込む予定です!

 

ロザリーは184822日に80歳で亡くなりました。

 

2023年1月18日水曜日

広報誌「よぼう医学」に紹介されました

この度、公益財団法人東京都予防医学協会の広報誌「よぼう医学」2023 WINTER No.19 新年号の19ページに、『フランス紀行 マリー・アントワネットの足跡を探して』がおすすめの一冊として紹介されました。

医学と直接関係の無い書籍であるにもかかわらず、このように取り上げていただき、大変ありがたく思っています(*^-^*)


https://www.yobouigaku-tokyo.or.jp/yobou/pdf/2023_01/11.pdf

2022年11月29日火曜日

パッション マリー・アントワネット(Passion Marie-Antoinette)

インスタグラムで、最近お互いにフォローし合うようになったフランス人のステファニーさん♫♪

「Passion_Marie_Antoinette」というアカウント名で、マリー・アントワネットの真実の姿を追求し、紹介されています。

同じ名前で、HPも立ち上げていらっしゃいますので、ご紹介しますね!

https://passion-marie-antoinette.com/


サイトは当然フランス語になりますが、興味深い写真も掲載されていますよ!


実は来年以降、マリー・アントワネットに関する新しい書籍をまた出版したいと考えているのですが、ステファニーさんがご親切に協力を申し出てくださり、大変心強く思っています!!

まだ新作のテーマは決まっておらず、現在検討中です。皆様、マリー・アントワネットのココが知りたい!というテーマ、何かありますか?