今日は、前回お話しました
マリー・アントワネットの裁判が行われた
革命裁判所とその法廷を見ていこうと思います。
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18 世紀当時の革命裁判所は、
現在はフランス最高裁判所となっています。
セーヌ川に浮かぶシテ島の約西側半分を占める建物で
マリー・アントワネットが投獄されていたコンシェルジュリは
その北翼部分にあたります。
ステンドグラスで有名なサント・シャペルも含め、これらの建物は皆
かつて『シテ島の宮殿』と呼ばれた、広大な建築物の名残りです。
ただこの宮殿は、いつの時代にどの王によって建てられたとかいうものではなく
西暦6 世紀に、フランク族の初代王クローヴィス1 世が
シテ島に王居を構えたのを始まりとして
その後の王たちが、この建物に改装や拡充といった手を加えつつ
発展していった建造物のようです。
1370 年、シテ島の宮殿に住んでいた時の国王シャルル5 世は
サン・ポール館(現存しない)へと住まいを変えました。
そして空き家となった宮殿は、王国の行政機関と
国事犯を収容する監獄として使用することにしました。
前者はその後パリ高等法院となり、これが、フランス革命勃発後
革命裁判所になるわけです。
そして監獄として使用され始めた部分が、コンシェルジュリと呼ばれるようになり
それ以降、20世紀初頭まで、長い間牢獄として使われました。
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ポール・ド・ランブール画(ジャン・コロンブによって完成されたといわれる)(1440年)
「ベリー公のいとも華麗なる時祷書」より、シテ島の宮殿(抜粋)
(シャンティイ城・コンデ美術館所蔵) |
↑こちらの絵が、15世紀の『シテ島の宮殿』を描いたものです。
セーヌ左岸のコンティ河岸、現在マザラン美術館がある位置から
描写されています。
画面右端に見える教会が、サント・シャペルです。
そして、反対の、画面左端ギリギリにある
青いとんがり帽子の屋根が『ボンベック塔』、
次に二つある茶色のとんがり帽子の屋根が、『銀の塔』と『セザール塔』、
その奥に鐘楼を持った四角い塔が見えるかと思いますが
これが『時計の塔』で
この4つの塔が並ぶファサードの部分がコンシェルジュリです。
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サント・シャペル
(ウィキペディア「Sainte-Chapelle」のページ内の写真から) |
上の絵に描かれているサント・シャペルのファサードが
実物に忠実に描写されているのが、よくわかりますね!
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| コンシェルジュリ |
今度はセーヌ右岸から見た、現在のシテ島です。
つまり、上の15世紀に描かれた絵とは、反対側から見ているわけです。
これがコンシェルジュリのファサードで
画面中央やや右よりの円柱の塔が『ボンベック塔』、
その左に双子のように並んだ塔が『銀の塔』と『セザール塔』、
そして一番左端にある四角い塔が『時計の塔』
となるわけです。
『銀の塔』と『セザール塔』のとんがり屋根は
いつの間にか茶色(のレンガ屋根?)からグレーの
スレート吹きの屋根に変わってしまったようです。
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| かつて革命裁判所であった、現在の最高裁判所の正面 |
マリー・アントワネットが、1793年8月1日の夜に
ル・タンプルからコンシェルジュリへと移送されて来た時
彼女を乗せた馬車は、まさに上の写真にある裁判所正面の正門から入り
『五月の中庭』と呼ばれる、正門越しに見える中庭に停車して
彼女を降ろしました。
コンシェルジュリで約2ヵ月半を過ごし
ついに始まったマリー・アントワネットの裁判の舞台となった大法廷は
現在でも法廷として使われています。
先に見た『銀の塔』と『セザール塔』の間に位置する
『プルミエール・シャンブル』と名の付く部屋です。
当時は『自由の間』と呼ばれていました。
さてここで、いつも私のブログを応援して下さっている
ROCOCOさんのご期待に応えるべく
マリー・アントワネットが彼女の独房から大法廷まで
どのような道筋を辿ったのか
頑張って調べてみました!
(^_^)/
それでは早速、下の裁判所とコンシェルジュリの見取り図を
ご覧下さい↓
見取り図の上でクリックをして、図を拡大しますと
A,B,Cと赤字でマークしてあるのが、おわかりになると思います。
Aの場所が、マリー・アントワネットの独房(1階)
Bの場所が、裁判の行われた大法廷(2階)
Cの場所が、ボンベック塔です。
調べた限りでは、マリー・アントワネットは
独房を出た後、『男たちの中庭(la cour des hommes)』を横切り
ボンベック塔の階段を上って
大法廷へ来た、とあるのですが
上記の見取り図を始め
『男たちの中庭』というのが、どこなのか
明示されている資料等が見つからないのです・・・。
王妃の独房は1階にあったので
『男たちの中庭』とやらも1階にあると思うのですね。
そしてボンベック塔の階段(これが螺旋階段とよく言われているものかと)
を使って2階に上がり
同じ階にある大法廷へ行った、ということだと思うのですけれど。
おそらく・・・ですが、見取り図中の『
PRÉAU CELLULAIRE』
と書いてある場所が、『男たちの中庭』のことなのかな?
という気がします。
何故かと言いますと、Aの独房からCのボンベック塔の階段まで行くのに
自然な道筋だと思いますし
préauというのは、『屋内の中庭』という意味がある上に
(cellulaireは『独房の』の意)
この区画には男の囚人のみが収容されていたので
『男たちの中庭』というのは
この場所の別名か何かかな、と思うわけです。
ということで、マリー・アントワネットは
独房を出てGALERIE DES PRISONNIÈRES(囚人たちの回廊)
と呼ばれる長い廊下を左手に少し行き
右に折れて『男たちの中庭(= 『独房内の中庭』)』を横切り
再び左に曲がってボンベックの塔まで来たら
塔内の螺旋階段を上って2階へ行き
目の前の通路を左へまっすぐ行って
突き当たりにある大法廷で、法の裁きを受けた・・・
ということになるかと思います。
(ROCOCOさん、いかがでしょうか?^^)
ところで、
パリのオペラ座のところでも書きましたが
このマリー・アントワネットの裁判が行われた大法廷に私が入れたのは
リヨン留学時代にお世話になったマダムの助言があったから・・・
とも言えるのです。
実は、この部屋が『プルミエール・シャンブル』という名前であることは
取材していた当時、知りませんでした。
ただ単に、マリー・アントワネットの裁判が行われた法廷は
現在の最高裁判所の正面入口から入って
右手にずっと行けばある・・・という情報のみで
それだけを頼りに、この裁判所に乗り込んだのです!
裁判所ですから、一般人も普通に入れるのですが
さすがに観光客らしき姿は無く
黒装束に白い襟巻き姿の弁護士さんたちが
廊下を足早に行き来しており
ちょっと場違い的オーラを、私一人、醸し出しておりました
(;^◇^;)
そして長い廊下を右手にぐんぐん進み
広いホールに出たものの
『プルミエール・シャンブル』が目的の法廷とは知らないので
いくつかそこにある部屋のどれがそうだろう??と悩みました。
何か説明書きの一つでもあるかと探しましたが
何もない。。。
しばらくホールの中をウロウロ・・・ウロウロ・・・・
どーしよぉ。。。
その代わり、ホールの一角には、受付のようなカウンターがあり
そこには、おじさんが一人座っていたのです。
その人に
「マリー・アントワネットの裁判が行われた法廷はどこですか?」
と聞けばいいものの
このおじさん、とにかくめちゃくちゃ怖そうな
とーってもいかめしい顔したおじさんで
見るだけで震え上がってしまいそうな方だったのです!
だいたい、場違いオーラを出している自分に負い目もあったのか(笑)
このチビってしまいそうなおじさまに
話しかける勇気がちょっとありませんでした。(小心者デス^^;)
しばらくホール内の長椅子なんぞに腰掛けて
どうしようか考えましたが
結局、正確な場所がわからない以上
誰かに尋ねるしかないわけです。
あのごっつ怖そうなおじちゃん以外
他に訊けそうな人はいないし
話しかける勇気が無いというだけで、すごすご帰ったら
絶対に自分は後悔すると、頭ではよくわかっていました。
その時、リヨンのマダムの言葉を思い出したのです。
「取材の件で誰かに何かを尋ねたい時には、必ず
『私は日本人で、マリー・アントワネットについて研究していて
○○について知りたい』ということを、
はっきりと相手に伝えることが大事よ!そうすれば
きっとその人は親切に教えてくれるはずよ!」
よしっっ!!
一つ気合をグッと入れ
長椅子から立ち上がり
カウンターに座っている、おっかな顔のおじさんに向かって
むんむんと歩き出しました!
(冗談抜きで、本当にものすごく怖かったんですよー!!
こんなにいかめしい顔持った人、会ったことがないくらい!!)
すると、手元の書類か何かを見ていたおじさんの目が
近づいてくる私の方にジロリっと向けられました。
(ヒャー!この視線が、これまた喰われるんじゃないかってくらい怖かった(;>_<;))
でもくじけず、カウンターの所まで到達!
「ボンジュール、ムッシュー。」
「・・・」
(うわっ!挨拶しても無言かよ!しかもすごい目パワーで直視されてるし
(T▽T;) )
「私は日本人の学生で(当時学生でしたので)
マリー・アントワネットについて研究をしていて
今日ここへ来たのは、マリー・アントワネットの裁判が行わ・・・」
と、早口でしゃべっている最中、おじさんが
「マドモアゼル!!」
と、どすの利いた声で私の言葉を遮ったのです!!
(何?何?やっぱ私、場違い?!出て行けってか??
(; ̄□ ̄;) ヒョ~)
するとおじさんは・・・
「人に話しをする時は、ちゃんと相手の目を見て話さなければいけないよ」
と言って、ニッコリ
(^-^)
おおぉぉぉ~・・・
(;´ρ`) (一気に力が抜ける)
そうなんです。あまりの恐怖に、おじさんの目も見ず
目線を落としながら早口でまくし立てるようにしゃべっていたんです。
でもおじさんの笑顔でとりあえず緊縛状態から開放された私は
そんな当たり前の指摘にちょっと照れ笑いしつつ
「失礼しました^^;」と言って、もう一度
「私は日本人学生で、マリー・アントワネットについて研究をしています。
今日ここへ来たのは、マリー・アントワネットの裁判が行われた法廷を
取材するためなのですが、その法廷はどちらになりますでしょうか?」
と、今度はしっかりおじさんの目を見て、はっきりとした口調を心がけて言いました。
するとおじさんは、大きくうなずき、口元に微笑みをたたえながら
「あそこだよ」と、『プルミエール・シャンブル』と表示された部屋を指差したのでした。
「中に入ってもいいですか?」
の質問にも、ウィンクしながら
「いいよ!
(^_-)」と・・・。
(おじちゃん、見た目とリアクション、違いすぎ^^;;)
そしておじさんにお礼を言って、肩の荷が降りたような気分で
プルミエール・シャンブルにフラフラと向かいました。
ただ、そのプルミエール・シャンブルでは裁判の真っ最中で
中に入れるような状況ではなかったのですね。
(扉に丸い覗き窓がついていたので、中の様子がわかったのです)
そこで待つこと4時間!!
おじちゃんは私に、法廷の場所を教えてくれた後
程なくして立ち去ってしまい、その後そのカウンターには誰も来なかったので
広いホール内でポツリ・・・とひたすら4時間待っていました。
そしてそして、ようやく入れた、マリー・アントワネットの裁判が行われた法廷が
コチラです!!↓
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| プルミエール・シャンブル |
法廷内は、まず間違いなく全体的な改修工事はされていると思われるものの
壁紙の上に木彫細工の板張りがされていたり
木の長椅子が傍聴席に置かれていたりと
当時の面影を少なからず伝える部屋となっています。
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マリー・アントワネットの裁判の様子
左腕を伸ばして立っている女性がマリー・アントワネット
(ピエール・ブイヨン画・カルナヴァレ博物館蔵) |
それにしても
最初こそ、目も合わせず、うつむき加減でおじさんに尋ねはしたものの
リヨンのマダムの言っていた通り
まず自分を名乗り、何の目的で来ているかを伝え
そこでこちら要望を述べるというやり方で尋ねれば
怖いおじさんも笑って教えてくれるのかなと・・・^^;
それにあの時、勇気を持って尋ねにいかなければ
前述した通り、おじちゃんはそのうち帰ってしまったわけで
その後誰もやって来なかったわけですしね!
リヨンのマダムの言葉が、後押ししてくれたお陰だな~と
今でも時々思うのです・・・。
жжж
ということで、2回に渡ってお送りいたしました
『マリー・アントワネットの裁判』に関するお話でした。
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| プルミエール・シャンブルの入口の扉 |
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ジョルジュ・カイン画 コンシェルジュリを出るマリー・アントワネット
(カルナヴァレ美術館蔵) |